No.24399 認知症の父が妄想・暴言で怒って困ります。

質問(相談内容)
■ Q:
今階下で父が暴れています。私は二階に退避。原因は朝食に誘いに行ったら今朝からずっと口にしている妙な数字の羅列をこちらが理解しないことに腹を立てているのです。「191と191になっている。(どうも部屋のどこかの長さのようだが)」仕方なく「ソウだね。」とあわせていたのです。がいつまでも終わらない無意味な時間、・・・にこちらも当然むなしくなり、適当にあしらって立ち去ろうとしたら怒り出しました。朝食の1回や2回抜けたって時間がおくれたってどうと言う事はないと思いますが、大便処理の最中に暴れたりしたら・・・こまるぅぅぅ。 このごろだんだんしつっこく、乱暴になってきています。歩けないので這いずり回っていますが、そのぶん大声で叫んでいます。 今後どのような経過をたどって認知症が進行していくのだろうか、前もっていくつかのタイプについての知識があればそのつどより適切な対処の方法も考えられると思うのです。いろいろな事例、成功例、失敗例を教えていただければと思います。本などもご存知ならば紹介していただければ読んでみたいと思います。本人は元医者なのでかえって医者に連れて行くことは難しいのです。

回答(相談内容に対する回答とお礼)
◆A1:
お薦めの著者をご紹介いたします。 まず、三好春樹さん。どちらかというと、介護家族より現場プロの方に読んでいただきたい本ですが、認知症の方の気持ちや、携わり方による変化など、現場からの生の取り組みが伝わってきますので、痴呆について頭と感覚両方で理解しやすくなっています。 それから、野原すみれさん。この方の本はまだ読んでいませんが、サイトを読んだだけで、家族側からのアプローチというところで(しかも本音)励みになりました。どちらも名前で検索していただいたらヒットすると思います。うちも痴呆はありますが、暴力は今のところないので即効性のあるお答えができなくて申し訳ありませんが、緊急性があると思い、とりあえず書き込み致しました。介護って本当に毎日試行錯誤の日々ですね。少しでもヒントになれば良いのですが…。もしもうご存知だったらごめんなさい!

◆Q :
早速お返事をありがとうございます。最寄の図書館に三好春樹の本が貸し出し可能状態でいくつかあることを発見し今行って、帰ってきたところ。でも、運悪く今日は特別休館日!二箇所も回ったのに。ついてないなぁ。休館日が終わったらぜひ借りてきます。

◆A2:
大変そうですね。気持ちがどんよりして下へ降りるのがいやになりますね わたしだったらどうするかなぁ 「191と191になっている」 「そうなの?本当はどうすべきなの?」 (考え込みながら)「うーん。。。それをどう対処するかは難しい問題だね。対応できるかどうか手段を考えよう。どういうふうにするのがベストかしばらく考える時間が必要なのだけれど・・・おとうさんは私に考える猶予をくれる?」などという言い方をするかな?こういうときは深刻な顔をして「善処するが希望に添えるかどうかは、わかりませんよ」と仕事の業者的な物言いをします。そういう場合は私は敬語を使います。適当に受け流すことは介護者にとっては必要ですが、介護される側にとっては「バカにしているのか」と矛先をこちらに向けてしまう場合もあります。そうなりそうな時は、ちょっと敬語で「敬意を払って」お話をします。 私は介護の本は全くといっていいほど読んでいません。 雑誌の「ほっとくる」を読んだくらいです。

◆Q :
「敬意」を持ってあたるって、大切ですね。心がけているのですが、その後、別の部屋で「このボケナス!」と二、三回叫ぶのを常にしています。 うちの場合は難聴があり、さらに理解能力は落ちていると思われます。2.3の単語を助詞でつなぐ程度のことくらいしか瞬時に理解できません。特に、「〜だから〜」といった因果関係を示す表現が出ると怒りをあらわにします。自分が理解できないことを絶対認めたくない(のに、わからない、)ため、怒りの矛先は相手に向かうのです。「何で言うことが分からんのだ!!」「言うことを聞けんのか!!」というぐあいです。そこで、近頃は連想ゲーム的に父の言葉やしぐさからその内容を考え、して欲しそうなことをやってあげます。今朝は部屋の隅をさしていたので、敷物とたたみの隙間のないように敷物をちょっと引っ張って「191ならこんなところですかね。」と言ったら何とかその場は落着。ところが部屋を出たら今度は廊下の隅をさしてまた始まったのです。こうなったら、負のスパイラルは止まらない。とっとと抜け出すしかない。連想ゲームは一回限りと自分で決めているんです。自分の時間を無駄にしたくないから。 今は無事おとなしくなっています。
わたしは父の状態の変化を関心を持って見つめています。どんな経過をたどるのか、そしてそれはなぜなのか、ということを考えれば父に少しも責任も非もないわけです。むしろ父は運悪くかわいそうな結果になってしまったとしか言いようがなく、行為にはうんざりですが、父に対してうんざりというわけではありません。嫌いにはならないでしょう。 自分のなすべきことはそのような状況の原因をできるかぎり正しく捉え、適切に対処する、ということと、父とは別の自分自身の生活を満足の行くようにやっていくということだと思うので、自分も今のところは大丈夫です。ひとり合点にならないようにこの欄などでみんなの体験を教えてもらいながら・・・。これからもよろしくね。

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